「いい奴じゃない」と自分に言い聞かせる男が、どうして死者を守る最前線に立っているのか。『葬送のフリーレン』第35話「神技のレヴォルテ」は、ゲナウの苦い独白と、レヴォルテによる“人間研究”がぶつかり合う回でした。
本記事では、第35話のあらすじをおさらいしつつ、ゲナウとシュタルクの共闘、メトーデのなでなでシーン、フェルンに託される戦いの意味を、アニメ研究家としての視点から丁寧に掘り下げます。人間は本当に「死体を守る生き物」なのか、その問いを一緒に考えていきましょう。
※この記事は2026年3月8日に更新されました。
◆内容◆
- 葬送のフリーレン第35話感想の要点
- ゲナウやシュタルクの心情考察
- レヴォルテ戦と北部高原編の見どころ
『葬送のフリーレン』第35話「神技のレヴォルテ」あらすじ・感想・考察
まずは第35話全体の流れと、物語の軸になっているテーマを整理します。北部高原という過酷な舞台で描かれるのは、単なる対魔族戦ではなく、「人間は何を守ろうとしてしまう生き物なのか」という問いかけでした。あらすじを追いつつ、そこに潜む感情の揺らぎまで見ていきます。
第35話「神技のレヴォルテ」あらすじとゲナウの過去
ヒンメルの死から30年。北部高原で多くの村が滅ぼされ、ゲナウの相棒もそこで命を落としました。ゼーリエの命を受けたゲナウは、新たな相棒メトーデとともに、村を襲った魔族の討伐へと向かうことになります。この導入からすでに、戦記ものの空気が濃く漂っていました。
作戦会議で明かされる敵の正体は、四本の剣を操る将軍級の魔族・神技のレヴォルテと、その配下の魔族たち。騎士団を一瞬で斬り伏せたレヴォルテは、かつてゲナウの村と相棒を奪った存在でもあります。敵が個人的な「仇」であることがわかることで、この戦いに復讐の色合いが強くにじみました。
一方で、戦力上の判断から部隊は分散され、フリーレン・フェルン・メトーデが森へ、ゲナウとシュタルクが村に残る展開になります。ゲナウは「死体を守るために残る」と言い、シュタルクも「村に魔族が戻ってきたらどうするんだ」と残留を希望。こうして二つの戦場が並行して描かれる構図が整えられていきました。
私の印象では、この時点で第35話は「あくまで戦いの開幕」にすぎないのに、キャラクターたちの選択と過去がしっかりと積み上がっているおかげで、すでに一本の戦記ドラマを見たような充足感がありました。公式サイトの第35話ストーリー紹介も、こうした“二つの戦場”を意識した構成になっています。
死体を守る人間の習性とレヴォルテの“人間研究”
ここで浮かび上がるのが、レヴォルテの“人間研究”です。多くの村を滅ぼしてきた彼は、その経験から「人間は死体を守ろうとする生き物だ」と結論づけています。この冷たい分析は、サンプルを積み重ねた実験結果のようでもあり、聞いているだけで背筋が少し冷たくなる言葉です。
実際、レヴォルテの読みどおり、ゲナウは村に残り、シュタルクもそれに付き合うことになります。表面的には、レヴォルテが想定した“習性通りの人間”の動きに見えますが、私にはそこにもう一段深い感情が見えました。ゲナウは死体を守るだけでなく、「相棒を失った過去の自分」と同じ状況に誰かを置きたくないのではないか、と感じたからです。
さらに、彼は自分のことを「人を見捨てても悲しくない」「故郷が滅んでも悲しくなかった」と語り、「俺はいい奴じゃない」と繰り返します。しかしその一方で、遺体を守るために前線に立ち、若いシュタルクまで巻き込む。この矛盾こそが、人間の複雑さとして描かれているように思いました。
私の解釈では、ゲナウは「何も感じない方が楽だ」と知っているからこそ、自分を“冷たい側”に押し込めようとしています。そうでもしないと、相棒を失った痛みや故郷を失った虚無感に押しつぶされてしまうからです。レヴォルテの分析は、人間の行動の一部を正しく捉えているけれど、その裏側にある「楽になりたい本音」までは見えていない。そこに、人間と魔族の決定的な差があるのだと感じました。
フリーレンがフェルンに託した「格上だけど勝てる」という信頼
一方、フリーレン・フェルン・メトーデの三人は、空気のトーンが一度柔らかくなります。フリーレンが「コミュニケーションはチームワークを高める」と語る場面から、メトーデの「撫でてもいいですか?」という直球のお願いにつながっていく流れは、重い物語の中の小さなオアシスのようでした。
メトーデはゼーリエを撫でて嫌な顔をされた過去を明かし、代わりにフリーレンをターゲットにします。「たまごを割った時に殻が入らなくなる魔法」と引き換えに、フリーレンをひたすらなでなでし、ついにはぎゅっと抱きしめる。そこにフェルンまで加わって、なでなで争奪戦のようなコミカルな構図が生まれます。
この場面を、私は単なるギャグとしては見ていません。北部高原という過酷な環境に向かう直前だからこそ、三人がスキンシップを通して互いの距離を確かめ合う時間でもあるのだと思います。身体的な距離が縮まるほど、心理的な距離も縮まる。その積み重ねが、「一緒に死線を越える仲間」という感覚を生んでいるように見えました。
だからこそ、その直後に霧の魔法で視界と魔力探知を封じられ、空を飛ぶ魔族に襲われる展開が、一層冷たく感じられます。「空は魔族のものだ」という台詞は、世界設定の説明であると同時に、人間側が“アウェーの戦場”に引きずり出されたことの宣言でもありました。
ここでフリーレンは、会敵したメトーデを信じて、フェルンに戦闘を託します。「相手の方が格上だ」と感じているフェルンに対して、「それでも勝てる」と静かに言い切るフリーレン。私にはこの一言が、何よりも強力な“信頼の魔法”に聞こえました。弟子として守る対象ではなく、一級魔法使いとして対等に戦場を任せる。その関係性の変化が、ここで明確に描かれているように思います。

葬送のフリーレン35話、ゲナウの「いい奴じゃない」が胸に刺さるよね。

口では冷たいふりしてるのに、行動が優しすぎて矛盾してるにゃ。

このあとレヴォルテ戦やメトーデのなでなでも語っていくから、一緒に続きを読んでみよう。
北部高原を揺らす声たち:第35話へのSNS・ネット反応まとめ
ここからは、第35話を視聴したファンやメディアの反応をコンパクトに整理します。全体としては、ゲナウの独白への共感、メトーデのなでなでシーンへの熱狂、レヴォルテ戦への緊張感という三つの軸で盛り上がっていました。私自身の感覚ともかなり重なる空気感です。
ゲナウの独白とシュタルクの共闘に寄せられた共感
ゲナウが「いい奴じゃない」と自己定義しつつ、実際には死者を守るために村に残る姿に対して、「口と行動が完全に矛盾していて、そこが好き」という感想が多く見られました。前の相棒を失った過去や、故郷が滅んでも何も感じなかったという独白に、「自分も感情を殺してやり過ごそうとしたことがある」と重ねる声もあります。
また、シュタルクが「村に魔族が戻ってきたらどうするんだ」と自然に残留を申し出るシーンは、「自分を弱いと思っているけれど、行動だけ見るとめちゃくちゃ勇敢」という評価が多く、ゲナウとの“寡黙なベテラン×素直な若手”バディ感を推すコメントも目立ちました。二人の会話は少ないながらも、焼き魚をめぐるやりとりや「お前も苦労しているんだな」という一言に、妙な親近感が宿っています。
メトーデのなでなで&ぎゅっと、フリーレンとフェルンの距離感
メトーデがフリーレンをなでなでし、ゼーリエから「なでなでは1日10分まで」「ハグは禁止」と言われているルールを軽々と越えてぎゅっと抱きしめるシーンは、SNSで大きな話題になりました。「距離感バグってるけどそこがいい」「綺麗なお姉さんなのにスキンシップ魔」という声がタイムラインを賑わせています。
そこにフェルンまで加わって、フリーレンの両側からなでなでが入る構図は、「緊張と緩和のバランスが完璧」「戦記ものの中にちゃんと日常コメディが生きている」と好意的に受け止められていました。私もこの三人の図がとても好きで、戦いの前にこうしたささやかな幸福な時間を描いてくれることが、作品全体の温度を保っていると感じました。
レヴォルテ戦への緊張感と「戦記もの」としての評価
レヴォルテと魔族側の戦術に対しては、「人間をここまで冷静に分析しているのが怖い」「ちゃんと頭脳戦として描かれている」といった評価が多く見られました。霧で視界と魔力探知を封じ、空を完全に支配する戦い方は、人間側の常識が通用しないフィールドに引きずり出すものとして描かれています。
また、レヴォルテの四本の剣が「重さを自在に変えられる殺意の塊」であるという説明も、将軍級の理不尽さを強く印象づける要素でした。そのうえでフリーレンが「勝てない相手ではない」と評することで、「この作品の“強さのライン”がどう描かれるのか」が今後の見どころだという声も上がっています。戦記ものとしての緊張感と、キャラクターへの感情移入がうまく両立している回だと感じました。
葬送のフリーレン 第35話 感想まとめと次回への期待
最後に、第35話全体を振り返りながら、余韻と次回への期待をまとめます。ゲナウの独白、レヴォルテの人間研究、フリーレン一行のささやかな日常。この三つが同じ一話に共存していることこそ、『葬送のフリーレン』という作品の魅力をよく表していると私は感じました。
人間は本当に「死体を守る生き物」なのかと問う第35話の余韻
レヴォルテは、人間を観察した結果として「死体を守る生き物だ」と結論づけました。その視点だけを見れば、ゲナウもシュタルクもまさにその“習性”どおりに動いているように見えます。滅ぼされた村に残り、遺体を守ろうとする彼らの行動は、合理性だけで測れば愚かにすら映るかもしれません。
それでも、私たち視聴者は彼らを愚か者とは感じません。むしろ、そこにこそ「人間らしさ」があると直感してしまいます。大切だった人の遺体を簡単には置き去りにできない。相棒の仇を前に、逃げるという選択肢を取れない。そうした非合理な選択の積み重ねが、この物語の登場人物たちを魅力的にしているのだと思います。
次回以降、ゲナウ&シュタルクとレヴォルテの戦い、フェルン&メトーデと飛行魔法を操る魔族との戦いが本格的に描かれていくはずです。レヴォルテの“人間研究”は本当に正しいのか。人間はただ習性どおりに死体を守るだけの存在なのか。それとも、そこに言葉では説明しきれない感情や絆があるのか。
その答えはきっと、派手な魔法のぶつかり合いだけでなく、キャラクターたちの表情や沈黙、ささやかな会話の中にも宿るはずです。第35話を見終えた今だからこそ、あなた自身の中にも、「自分だったら何を守ろうとするだろう?」という小さな問いが生まれているのではないでしょうか。その問いこそが、このエピソードの余韻そのものだと、私は感じています。
【公式サイト・引用・参照】
◆ポイント◆
- 葬送のフリーレン第35話感想総括
- ゲナウの過去と「いい奴じゃない」
- シュタルクが見せた優しさと覚悟
- メトーデとなでなでシーンの意味
- レヴォルテ戦と北部高原編の魅力

ここまで読んでくださりありがとうございます。
葬送のフリーレン第35話の感想を通して、ゲナウやシュタルクの揺れる心や北部高原の空気を一緒に味わえていたら嬉しいです。
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