『逃げ上手の若君』2期1話 1334年に刺身と醤油はあった?足利が鎌倉で支持される理由

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鯛が食べたい――たったそれだけの願いなのに、時行が失った故郷の重さまで押し寄せてきました。

第二期1話「もう一度、食べタイ!」は、逃若党の優しさでニマニマさせながら、鎌倉の土地だけでなく民衆の心まで足利に奪われた現実を突きつける回です。

※この記事は2026年7月18日に更新されました

『逃げ上手の若君』2期1話の感想:鯛を食べたいだけなのに故郷への想いが重すぎる

第二期の始まりは戦でも陰謀でもなく、食べ物の話でした。時行は由比ヶ浜で獲れた新鮮な鯛を、伊豆のワサビと醤油で食べた鎌倉の日々を思い返します。

その表情から望郷の念を察した逃若党は、鯛を求めて海へ出発。天下奪還を目指す郎党が、主君の「食べたいもの」のためにも全力で馬を走らせる。この距離感が尊いです。

時行が恋しかったのは、高級な鯛だけではありません。家族や家臣が生きていて、鎌倉で何げない日常を過ごしていた頃の味です。

ところが、同じ頃の鎌倉では足利直義と関東庇番が民衆の歓声を浴びていました。時行が過去の鎌倉を懐かしんでいる間に、故郷は足利の町へ塗り替えられていく。食事回の顔をして、やっていることが容赦ない。

1334年に刺身・わさび・醤油は存在したのか

結論から言えば、生魚を食べる文化、わさび、醤油の祖先にあたる発酵調味料は、いずれも1334年以前から存在しました。

ただし、現代の刺身に濃口醤油とおろしわさびを添えた料理が、そのまま鎌倉時代にあったわけではありません。作中と同じ組み合わせの鯛料理が実在したと断定できる史料も確認できません。

鎌倉時代にも生魚は食べられていた

平安末期から鎌倉初期の宮廷料理書には、生物や膾として鰹を供した記録があります。少なくとも、当時の上流階級が新鮮な魚を生で食べること自体は不自然ではありません。

冷蔵設備がないため、内陸まで生魚を運ぶのは難しかったはずです。しかし時行が思い出したのは、由比ヶ浜で獲れた鯛を鎌倉で食べる光景。海と町が近い鎌倉なら、新鮮な魚を口にできる条件はそろっています。

万葉集にも、鯛を醤や酢、薬味とともに食べたいという趣旨の歌が残っています。古代の段階で、鯛を発酵調味料や薬味で味わう発想は存在していました。

伊豆のわさびは栽培品ではない

わさびは日本原産の植物で、古代の木簡や平安時代の文献にも名前が登場します。1334年にわさび自体が存在したことは疑う必要がありません。

ただし、伊豆でわさび栽培が始まったという記録は1744年です。作中の時行が食べたものを、現在の天城わさびのような栽培品と考えると時代が合いません。

そのため「伊豆のワサビ」は、山地や渓流に自生していた株を採取した設定として受け取るのが自然です。当時の伊豆で食用にされていたことまで証明されたわけではありませんが、植物の存在そのものは時代考証から外れていません。

作中の醤油は現代の濃口醤油ではない

醤油と味噌の祖先にあたる「醤(ひしお)」は、大豆や穀物を塩とともに発酵させた調味料です。日本では701年の大宝律令に記録があり、平安時代の饗宴では塩や酢とともに膳へ置かれていました。

鎌倉時代には、味噌の製造過程で生じる液体を利用した、たまり醤油に近い調味料も生まれ始めたとされます。一方、現在の濃口醤油に近いものが広く使われるのは後世です。

公式あらすじでは分かりやすく「醤油」と表現されていますが、1334年の食文化に照らせば、醤やたまりに近い発酵調味料として受け取るべきでしょう。

時行が食べた鯛は、現代の刺身定食そのものではない。しかし、生魚、わさび、発酵調味料という材料には歴史的な土台がある。これが一番正確な答えです。

なぜ鎌倉の民は足利を圧倒的に支持しているのか

鎌倉の民が足利を支持する理由は、足利側が新しい秩序と目に見える安心を与えているからです。

民衆にとって、北条家への忠義よりも日々の暮らしが優先されます。鎌倉幕府の滅亡後に治安を回復させ、反乱者を鎮圧し、町を守る新政権が現れれば、その支配者へ歓声を送るのは自然な反応です。

作中の足利直義は、戦に勝つだけで終わりません。若く華やかな関東庇番を民衆の前へ立たせ、足利の旗の下で平和が戻ったと印象づけています。

尊氏は、理屈を超えて人を引き寄せる天性のカリスマです。対する直義は、人が何を見れば安心し、誰を英雄として歓迎するかを計算する実務家。兄が人心を奪う怪物なら、弟は人心を組み立てる政治家でした。

時行にとって足利は、父や兄を死へ追いやり、鎌倉を奪った仇です。それなのに故郷の人々は、足利の武士たちへ笑顔を向けている。

ここで鎌倉奪還の難しさが変わります。城や土地を取り返すだけでは足りません。足利の統治を受け入れた民衆に、北条時行が帰還する理由まで認めさせなければならないのです。

足利直義と関東庇番とは何者なのか

足利直義は足利尊氏の弟で、兄に代わって鎌倉の統治を担う人物です。武勇や勢いで突き進む兄とは異なり、規律、行政、計算を重視する実務家として描かれています。

関東庇番は、その直義に仕える若手武士の集団です。鎌倉の警備や北条残党の討伐を担う戦力であり、新たな足利政権を民衆へ印象づける顔でもあります。

彼らが妙に華やかなのは、敵を倒すためだけではありません。若い英雄たちが颯爽と町を守る姿を見せれば、民衆は「足利の時代になって平和が戻った」と感じます。武士を広告塔として使うわけです。

「関東庇番」という名称自体は史料に残っています。ただ、その実態を詳しく伝える記録は非常に乏しく、構成員の人物像やアイドル集団のような見せ方には松井優征先生の大胆な創作が入っています。

史料の空白へ濃すぎる変人たちを突っ込む。いやあ、これぞ『逃げ若』です(笑)。笑える集団なのに、直義の統治能力を証明する精鋭でもあるところがヤバい。

サブタイトル「もう一度、食べタイ!」の意味とは

「もう一度、食べタイ!」は、「鯛」と「食べたい」を重ねた駄じゃれです。しかし時行の感情まで見ると、「もう一度、鎌倉へ帰りたい」という願いも重なっています。

味や香りは、忘れていた記憶を一瞬で呼び戻します。時行にとって鯛の味は、由比ヶ浜の景色や家族、家臣たちと過ごした平穏な日々そのものでした。

逃若党は鎌倉そのものを持ち帰れません。それでも、今の自分たちに届けられる故郷の一欠片を探して海へ向かいました。

時行の寂しさを言葉で慰めるのではなく、馬を走らせて鯛を獲ってくる。控えめに言って最高の郎党です。

ところが、時行が故郷の味を思い出す一方で、鎌倉では足利が新しい日常を作っています。一匹の鯛は時行と故郷をつなぎ、同時に両者の距離まで思い知らせました。

失った日常をそのまま取り戻すことはできません。それでも時行の隣には、新しく得た逃若党がいる。過去の鎌倉へ戻るのではなく、仲間とともに鎌倉へ帰る――優しくて残酷で、第二期の幕開けにふさわしい一話でした。

【公式サイト・引用・参照】

最後まで読んでいただき、ありがとうございました!
『逃げ上手の若君』2期1話は、鯛の味に時行の望郷が重なる切ない回でした。

にゃん子
にゃん子

刺身と醤油に夢中で、足利の怖さを忘れるなんてアホにゃ!

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アニメ愛好家ユウ

アニメオタク歴25年、アニメ研究歴20年(メディア学専攻)のアニメ研究ライター。
アニメ年間150本以上を視聴し、イベントやコミュニティでも発信。
日本のアニメ・マンガ・ゲームを世界遺産級カルチャーへ。
そんな想いで『アニメのミカタ』を運営中。

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