海の怪異でゾワッとさせ、日向を異形に変身させ、最後は遠藤正明さんに架空ロボの主題歌を歌わせる。感情の置き場が多すぎる(笑)。
『令和のダラさん』第六怪「幻影の水神様」は、ダラさんの土地を離れた日向が別系統の怪異と遭遇し、前回もらったお守りの本当の意味まで見える重要な回でした。
特に混乱しやすいのが、ワタガメ様と祭場跡の悪霊の関係、そして日向の異形化。ここは原作3巻の描写まで含めると、かなりすっきりします。
※この記事は2026年8月7日に更新されました
『令和のダラさん』6話 感想:怪談の余韻をガン・バルゼーが吹き飛ばした(笑)
前半は薫が「ビームを撃ちたい」とダラさんへ無茶振り。いつもの『ダラさん』だなあと油断していたら、親戚の新田家へ遊びに行った後半から空気が一変します。
海辺で語られるワタガメ様の伝承。古びた祭場。そこに漂う明らかに嫌な気配。
山の忌み地にいるダラさんは見た目こそ怖いものの、日向と薫にとっては話の通じる存在です。ところが祭場跡で現れる怪異には、そんな安心感が一切ない。
ここで「ダラさんも本来は怪異だった」という事実が逆に浮かぶのが面白い。
普段あまりにも世話焼きのお姉ちゃんになっているので忘れがちですが(笑)、人間と意思疎通できるダラさんのほうが怪異として特殊なんですよね。
そして日向のお守りが発動。ここで終われば怪異譚として綺麗なのに、特殊ED「ガン・バルゼーのテーマ」で全部ひっくり返す。
嫌いじゃない。むしろ大好きです。
ワタガメ様の正体は?祭場に現れた悪霊とは別物なのか
ワタガメ様と、祭場跡で日向たちを襲った悪霊は別の存在です。
ワタガメ様は、海辺の土地でかつて祀られていた海神です。
第6話では親戚宅を訪れた日向と薫が海を満喫する中で、その土地に残るワタガメ様の伝承を知ります。
一方、日向が友隆を追って入った古い祭場跡には、別のおぞましい怪異が潜んでいました。
ここは映像だけだと混同しやすいんですよ。水神様の話を聞いた直後、その祭場で化け物が出れば、「ワタガメ様が悪霊になったのか」と思うのは自然です。
原作3巻では、今はほとんど祀られなくなったワタガメ様と、祭場跡に現れる悪霊は分けて描かれています。
さらに不気味なのが、日向が転倒して足を切る場面。
日向が倒れ込んだ平たい岩は、供物を置く台を連想させます。そして血が落ちた後に悪霊が姿を現す。
ただし、「日向の血が生贄として悪霊を呼び出した」と作中で明言されたわけではありません。
私は、あの構図を「偶然、供物を捧げる形が成立してしまった」ことを示すホラー演出と見ています。事実として言えるのは、祭場跡に悪霊がいて、負傷した日向の前へ現れたところまでです。
この線引きをしておくと、ワタガメ様を悪霊扱いする誤解も避けられます。
日向はなぜダラさんのような姿になった?お守りの能力を解説
日向はダラさん本人へ変身したのではなく、お守りを介してダラさんの権能を自分の霊力で発現させています。
前回、誕生日を迎えた日向がダラさんからもらったお守り。それが今回、ようやく本領を発揮しました。
問題は場所です。
今回は三十木谷家の地元から遠く離れた海辺。ダラさんをその場へ直接呼び寄せられる範囲ではありません。
原作では、ダラさんの召喚可能エリア外だったため、お守りが日向自身の霊力を使ってダラさんの権能を行使したと説明されています。
だから髪が伸び、背中から複数の腕が現れ、刀を持ち、蛇を思わせる異形が表出した。
ダラさんが日向へ憑依して身体を奪ったわけではありません。日向という器から、ダラさん由来の力だけが外へ現れたと考えると分かりやすいです。
ここで改めてヤバいのが日向自身。
公式プロフィールでも霊感の強さを持つ少女として描かれていますが、今回は「見える」だけの能力ではありませんでした。
祟り神の権能を自分の霊力で動かせる。
いつも弟へツッコミを入れている姉ちゃん、霊能力者としての素質はかなり物騒です(笑)。
なぜダラさんは遠く離れた海でも日向を助けられたのか
これもお守りの仕組みを知れば解決します。
遠く離れた海へダラさん本人が移動したのではなく、ダラさんから渡されたお守りが権能の接続口として働いたからです。
本来の活動範囲を越えているため、現地で必要な霊力までダラさん側から供給したわけではない。
そこで日向自身の霊力を使う。
つまり今回のお守りは「ピンチになったらダラさんを召喚するアイテム」ではなく、範囲外では持ち主自身を使ってダラさんの力を再現する保険でもあったわけです。
こんなのを誕生日プレゼントに渡すダラさん、過保護のスケールが祟り神(笑)。
ガン・バルゼーとは何?元ネタは実在するロボットアニメなのか
ガン・バルゼーは実在する昔のロボットアニメではありません。『令和のダラさん』作中に存在する架空のロボットです。
第6話の特殊EDがあまりに本気なので、「80年代くらいに本当にあった作品のパロディ?」と疑いたくなります。
でも公式サイトも「無敵のロボット『ガン・バルゼー』」と明記しています。
特殊ED「ガン・バルゼーのテーマ」を歌うのは遠藤正明さん。作詞は原作者のともつか治臣先生、作曲は遠藤正明さん、編曲は三宅博文さんです。
映像ではダラさん、日向、薫がロボットに搭乗し、筆木直道や五十子美和、周、千夜まで完全に別作品のキャラクターみたいな顔で参加。
架空アニメのネタに、正式な楽曲と専用アニメーションを与えてしまった。
存在しないロボットアニメなのに、主題歌だけは本物。こういう無駄に本気な遊び、大好物です(笑)。
サブタイトル「幻影の水神様」の意味とは
「幻影の水神様」という題名が具体的に何を指すのか、作中では答えが文章で明示されていません。
ここからは私の読みです。
私は「幻影」を、現在のワタガメ様と人間の関係に重ねました。
かつてワタガメ様を信じ、祀った人々がいる。ところが今では祭場も廃れ、信仰は薄れ、存在は伝承の中に残るだけになっている。
神そのものが消滅したと断定する材料はありません。
ただ、人間社会から見れば、そこに確かにあったはずの水神様は「幻」のような存在になっている。
だから「幻影の水神様」という言葉がしっくり来るんですよね。
そして対照的なのがダラさんです。
ダラさんには今も日向と薫が会いに来る。祠があり、供物があり、名前を呼ぶ人間がいる。
ワタガメ様のエピソードを見た後だと、ダラさんときょうだいのしょうもない日常さえ、神と人間の縁が今も続いている証拠に見えてくる。
ここまで全部が作者の意図だとは断定しません。でも私は、第6話で一番好きなのはこの対比です。
『令和のダラさん』6話の締め:怪異が怖いからこそダラさんの優しさが分かる
知らない祭場へ入った時の嫌な感じ、話の通じない悪霊、そして日向を守るお守り。
別の怪異を見せることで、「ダラさんって滅茶苦茶いい神様だったんだな」と再確認できる回でした。
そこへガン・バルゼーをぶち込むから感傷に浸らせてくれない(笑)。
怖さとしょうもなさを同じ作品の中で本気でやる。その振れ幅が、やっぱり『令和のダラさん』はヤバいほど好きです。
【公式サイト・引用・参照】

第6話の記事を読んでくれてありがとうございます!
ワタガメ様の怪異から日向の変身まで、見どころ満載でしたね。

なのに最後はガン・バルゼーに全部持っていかれたにゃ!
本気を出す場所がおかしいにゃ(笑)。

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